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40・2近鉄 モ2236 (ダーク・グリーン塗装)

小生の2200系への思い入れは、既に述べた通りであり、ロコモデルの近鉄2200系入手でこの思い入れの大部分は満たされたのだが厳密には僅かな不満が残っていた。
幼少期にあかず眺めた参急2200系実車とロコモデルの近鉄2200系(模型)は次の2点で違っているからである。

  1. ボデー塗色がダーク・グリーンからマルーンに変わっている。
    (2200系実車は1960年(昭和35)頃から順次マルーンに変更されたが、マルーンよりダーク・グリーンの方を良しとする見解は鉄道ファン関連誌でも散見される)
  2. かって古豪とか、電車の中の電車と讃えられた参急の雄、2200系の正面は、貫通幌アンチクライマーで引締まった貫禄ある表情をしていたが、1950年(昭和25)以降の改造で貫通幌は簡易式のダラシのないものに変わり、アンチクライマーも外されて、締りのない表情となってしまった。勿論こうした合理化・改造プロセスを否定するものではないが、ファンはこれを「2200貫禄おちのプロセス」と呼ぶ。ロコモデルの近鉄2200系はマルーンであるから当然「貫禄おち表情」である。
    こうした不満を長い間もっていたが、数年前にマッハ模型で、ダーク・グリーンの近鉄2200(新)を見つけた。多分マニアの組んだペーパー製モーターなし完成車である。正面表情は「貫禄おち」スタイルで2点の不満のうち1点しか解消しないが、近鉄2200(新)の印象をうまくとらえており、ロコモデルの2200(新)は2輌しかないのでこの2236を購入する事にした。もっとも当社では他人の加工した中古の完成車は購入しない方針を何十年も貫いてきているのでこの購入は極めて例外な処置である。
    2236購入後、ロコモデルの3112のWC側(片目スタイルの側)連結器をベーカータイプからKDタイプに変更(2236はKDタイプ装着)、オール2200(新)3輌編成急行及びこれにオール2200(旧)3輌編成を加えた(旧×3)+(新×3)の6輌編成急行の走行を楽しんでいる。

(イ)モ2236(モーター無し)









(ロ)モ2236+ク3112+も2240 (グリーン・マルーン混合オール(新)3輌編成)








40・3 参急(旧)2200系ダーク・グリーン3輌編成

1980年代の10年間は今から思えば鉄道模型趣味にとって「冬の時代」「冬眠の時代」と言える。その主な理由は次の2点である。

  1. 日本型に関しては、’60年代、’70年代の20年間で欲しいと思っていた車種はほぼ充足された。(欲しい車種はこの20年間中に何れかのメーカーから発売された事になる)
  2. 一方会社の仕事の方は、最も忙しい、最も充実した10年間であり、このため鉄道模型への関心も一時的に薄れがちにならざるを得なかった。
    この80年代の初めにアダチから小生の一番欲しい参急(旧)2200系(ダーク・グリーン塗装、貫禄おちでない表情のもの)「私鉄名車シリーズ、第1弾」としてバラキットと完成品の形で発売されたのである。
    所が仕事に全力投球中であり、購入チャンスを逸してしまっていたが、最近マッハ模型で、メーカー完成の3輌編成と巡りあったのである。
    「個人の組んだものでなく、メーカー・アダチの完成品のため信頼性十分」との店主の言葉に従って当社の在籍車輌に加わる事になった。3輌編成の両端の連結器はダミーであったが、2200端面のみKDカプラ-に変換、先に購入した2236と連結して、オールグリーン(旧×3)+(新×1)の2200系4輌編成走行も可能である。
    それでは旧型貫通幌アンチクライマーで引締まった表情のアダチ製参急(旧)2200系をご覧頂く事にする。



(イ)デトニ2300
(天賞堂パワートラックWB31付き)








(ロ)デ2200(天賞堂パワートラックWB31付き)








(ハ)サ3000(動力なし)




(ニ)デトニ2300+サ3000+デ2200(3輌編成)




(終わりにあたり)
1930年(昭和5)から45年間にわたり、大阪〜宇治山田、名古屋〜宇治山田間直通急行の任務を果たし続けた2200系、一つの車種がそのような長期間重要任務についた例は他に見られない。その偉大な功績を称えつつ、2200系の記述を終わる。 

2200系の前に2200系なし! 2200系の後に2200系なし!

2200系Movie (’05.2.16 追加



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