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4回」 ここでは本来の日本型古典機車輌に話を戻す。

初期の東海道線に関係する電機、蒸機の2車種を選ぶ。日本型とはいいながら2輌共生まれはアメリカである。

6. ED11 電気機関車

’05.1.29 写真追加




06.8.13 写真変更


(実車)
東海道線 東京ー国府津間と東京ー横須賀間の電化に備えてサンプルとして輸入した4種類の貨物用電機の一つである。
1923年横浜港に陸揚、大宮工場で組立てられた。アメリカ GE-ALCO で2輌製造。
縦長の正面窓、正方形十字格子の側窓スタイルはGE 電機の基本設計として多用され同時に輸入された弟分のED14もこの点ではそっくりそのままである。東海道、横須賀線貨物に使用後、中央東線、伊東線に転じたが、ED111は1960年払い下げ西武鉄道のE61にED112は浜松工場で入換機として働いていた(1966年現在)日本の電機としては、押しも押されもせぬ古典機(Old Timer)である。

(2009.05.12 ED11 Proto Type 写真追加)
浜松工場で入換機として元気に働くED11には何度か出会ったが、それは40年以上前の話。
その後が気になっていたが、佐久間レールパークに展示されていることが判り、昨年ED112に再会してきた。
その折のスチール2点を以下に掲載する。




正面窓のHゴム化や、ナンバープレートの取付け位置など若干の変化は見られるが、
ED11の特徴あるリベット付き箱形車体や、当時のGE機のトレードマークである正方形
十字格子の側窓などがそのまま残されているのが嬉しい。

(2011.06.01 Prototype 写真追加)
遅くなってしまったが、「只今の時間、入館1時間半待ち」のプラカードにも臆せず、3月18日オープン三日目の「リニア・鉄道館」でED11 2に再会してきたので写真3点を掲載する。
佐久間レール・パークのような野ざらしでなく屋内展示になったので美しく整備されたED11 2は安住の地を得て喜んでいるかのようであった。






(模型)
1961年つぼみ堂発売
つぼみ堂の製品は、当社には多く在籍しないが、このED11は素晴らしい。事実このED11は長い間多くのファンに支持されてきた。良質な製品の証である。
実機ED11は旧型機の宿命で各部に改造が加えられ、外観にも若干の変化がある。
つぼみ堂のED11は原型を模型化したもので、全体的に良くまとめられている。特にスッキリと仕上がったリベットを中心とした箱型の車体が魅力でED70 やEF58 とは対象的な古典機スタイルのED11に惹かれて早速購入した。(ED70、EF58 も在籍)走りに徹したモデルらしく、同じ無塗装ブラス生地のボギー貨車3輌を牽引して・・・・・時代的にはアンマッチだが、ブラス生地貨車は当社にはこの3輌しかない。時代的マッチングよりブラスでの統一を優先・・・・・走り廻る当社の元気者である。

(2006.08.13 追加)
元気ものED11に2年振りに(組立て完成後は実に46年振りになるが・・・)、例のブラス生地ボギー貨車3輌の牽引させたので、その元気ものの姿を動画で確認して頂く事にする。走行Movie



7. マレー式蒸気機関車 9750型





(実車)
勾配用の蒸気機関車としてマレー式という変わった機関車が一時期使用されたことがある。強力である事が要求されるため、1輌に2輌分の走り装置を備え、これを関接式につないで急曲線でも通過出来るようにした機関車である。
機関車を重連にさせないで1輌で2輌分の働きをする経済性が魅力である。一方日本最大幹線である東海道本線は昭和10年に丹那トンネルが開通するまでは、今の御殿場線の25o/oo(1/40)急勾配を抜けてゆかねばならなかった。
まさに「天下の嶮の箱根はマレー式で越えよ」である。
そこで1911年(明治44)にアメリカから2種(9750型と9800型)、ドイツから1種(9850型)合計54輌の C+C の大型マレー機を輸入した。9750型はこの内半数近い24輌を占める。箱根越えで生涯を終えた。Alco Schenectady 製造、いかにも強力機らしい豪快な風貌をしている。
今は寂しい御殿場線も、マレー式 9750達が活躍していた頃は東海道線で最も勇壮な風景が見られた区間であった。

(模型)

カツミより1962年(昭和37)発売の初代製品
「鉄道模型考古学」によると当時マレーの日本型が全く市場になかったせいもあり、当然ながら注目を集め、絶版になってから10何年の間鉄道模型社のC53 といい勝負のとんでもないプレミアムがついていた。
(カツミでは長い絶版の後、1979年内容を一新して再登場させている)TMS 169号製品の紹介欄で、7000円以上お金を出す高価なロコにしては満足しかねると批判されている。数々の不具合を指摘した上で、このキットは初心者向きでなく、相当の経験者向きと
思われる。だからC51 やD51 を組んで一応の経験を持つ人にはお薦めするとある。小生はかねがねマレーが欲しい欲しいと思っていたから多分、このTMS 169号発売の前に9750型を購入してしまっていたと思う。
幸いすでにカツミのC51 もシュパーブラインの D51 も組んでしまっていたので9750型マレーの組立てで苦労した記憶はない。
前部エンジン(動輪3軸)ダミーの初代製品であるが組み立て後40年以上経過した現在も軽快に走行する。


(2006.07.12 Movie 追加)
久しぶりに9750型の運転を行ったので組立て後、実に44年経過した走行Movie をお目にかける事にする



「第5回」 8. 9700型 蒸気機関車"MIKADO"



(実車)
日本鉄道は1897年(明治30)常磐炭田の石炭を田端に運ぶ為の強力な機関車が必要となり Baldwin に大型機関車20輌を発注した。この機関車は低質炭である常磐炭を使用する為、大きな火室が必要でこのため従輪がついた。製造元の Baidwin はもとより、1D1という軸配置は世界でも珍しく、日本帝国に因んで"MIKADO Empire"とする事にした。
この機関車は、国有後9700型となったが、むしろ固有名詞として「ミカド」と呼ぶ事が多い。
当時は最大最強の機関車として珍しがられ、その後1D1軸配置の機関車の用途が広がり、世界中に普及し「ミカド」は有名になった。我が国でも貨物用機関車として1923年(大正12)以降製造された D50、D51、D52 はすべて1D1軸配置をしている。この意味でこれは価値ある機関車である。カウキャッチャーを着けた姿が懐かしい。
そういえば前出の箱根の大将マレー9750型より14年早く日本にやってきた大先輩である。製造:Baldwin 1897年(明治30)

(模型)
「鉄道模型考古学」の記述を以下要約する。
1962年カツミ発売のこの9700型「ミカド」は同シリーズの9750型マレーと共に、その優秀なプロポーションとその後のカツミの製品には見られなくなってしまった素朴でありながら実にしっかりした組立てと部品構成の作風が高く評価され、ひと昔前までは絶版機モデルの飛車角的存在として物凄いプレミアムが付いていた。珊瑚製品が発売された今でもその魅力は衰えていない。
優秀な珊瑚製品があるので、無理に探す必要はないが、入手のチャンスがあったら、下手にいじらず可愛がってやって欲しいもの。
以上のように高い評価を得ている「ミカド」であるが小生は別の面で「ミカド」を再評価している。と言うのも同じ頃組立て、その後30年以上放置されていた数十台の機関車の全数走行テスト、整備を2年前に行った。
その時全く何の整備、調整も行わず通電した瞬間から30年以上の空白期間を感じさせない快調な走行性能を示した奇跡の機関車の1台であったから。
冴えないスタイルではあるが無視しがたい存在の「ミカド」である。


(2011.10.22 Movie、Stillx4 追加)
本文の記述にあるとおり、「奇跡の機関車 MIKADO 9700」の走行性能は抜群である。初走行以来50年経過するが、メンテに全く手がかからず、それは当時のカツミの各パーツに対する良心的な作り込みに負う所が多い。
このMIKADOにも唯一の弱点がある。それは「牽引力」弱い事単機走行では快走するので判らなかったが、今回のMovie撮影で判明した。プラ製貨車6輌牽引が精一杯である。当社の大型蒸機の中では最低クラスの牽引力である。PrototypeのMIKADOは当時最大最強の機関車と言われたのに何とも皮肉な話である。
念のためテンダーを外した重量を計ると254グラム。これに対しウエートを極限まで詰込んだE10(637グラム)の4割以下である。やはり数字は正直である。せめてカツミSuperblineのD51(465グラム)位は欲しい。
Movieでは生まれ故郷アメリカに里帰りして、Erieの石炭ホッパー車5輌とSouthern PacificのCabooseを牽引する姿をイメージしている。
それでは間もなく50歳となるMIKADO 9700の年齢を感じさせない走行を御覧頂こう。
なお[番外編]として単機Slow走行Movieを掲載する。50年前の走行メカニズム(DH13モーター、ウオーム1段減速)としては上出来と自画自賛している。

Stillx4









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